最近、東京23区内での火葬料金の高騰が大きな問題となっています。2025年10月には、この問題に対し、これまで静観していた東京都が国に法改正を求める方針に転じたと報じられました(産経新聞)。
背景には、都民からの「死ぬにもお金がかかるのか」という切実な声があります。今回の事態は、単なる一企業の価格設定の問題ではなく、私たちの生活に不可欠な公共サービスをどう守っていくかという、根深い課題を浮き彫りにしています。
9万円に高騰、「火葬難民」まで発生する東京の現状
現在、東京23区内には9か所の火葬場がありますが、そのうち7か所を民間企業である「東京博善株式会社」が運営しています。これは事実上、都市部の火葬をほぼ独占している状態です。
火葬料金は、2020年頃の約5万9000円から、2024年には約9万円にまで上昇しました。これは全国平均の約4倍にも達する金額です。さらに、これまで区民が利用できた割引制度(区民葬)から離脱する動きも相次ぎ、遺族の経済的負担は増すばかりです。
その結果、希望する火葬場で葬儀ができず、火葬まで1週間以上待たされる「火葬難民」まで発生していると、複数のメディアで報じられるようになりました。
なぜ行政は介入できなかったのか
この問題が報道やSNSで大きく取り上げられ、都民の不満が急速に高まるまで、東京都は「火葬場の運営や料金は民間企業の判断であり、都が関与できない」という説明を繰り返してきました。
この問題には、主に二つの論点があります。
一つは、供給不足と料金高騰を生む「市場の独占構造」です。 そしてもう一つは、経営母体に外国資本が入っているという「所有構造」です。
東京博善の親会社である廣済堂ホールディングスには、香港を拠点とする中国系投資会社が一部株式を保有しています。「公共性の高い施設に外国資本が関与している」という事実に、不安を感じる声が上がったことも事実です。
しかし、現行の「墓地埋葬法」は1950年に制定された古い法律であり、民間火葬場の料金や経営方針を監督する権限が行政に明記されていません。東京都もこれを理由に、事業者の価格設定に実質的に関与してこなかったのです。
その結果、火葬料金は事実上の自由価格となり、消費者は比較も交渉もできない状態に置かれていました。
最大の問題は「公共サービスを市場任せ」にしたこと
料金の高騰や外国資本の関与が注目されがちですが、この問題の根本には、行政が制度の更新を怠り、公共サービスを市場の論理に任せきりにしてきたことがあると、筆者は考えます。
1. 制度が時代遅れだった 墓地埋葬法は、民間企業が都市部で火葬を独占的に運営する現代の状況を想定していません。行政が経営を把握する仕組みがなく、問題が起きても「法的に指導できない」という状態が続いていました。
2. 行政が問題を放任してきた 東京都は、民間火葬場が独占状態になっても具体的な対策を取らず、「市場が決めること」と説明してきました。公営火葬場の整備も進まず、結果として民間だけが供給を担う構造が固定化されてしまったのです。
3. 市場が閉鎖的だった 火葬場を新設するには、土地、資金、そして住民の同意という高いハードルがあります。都内で新しい火葬場が建設されることはほとんどなく、既存事業者が市場を支配する構造が続いてきました。
4. 公共性が失われてしまった 火葬は、誰もが必要とする極めて公共性の高い行為です。しかし、行政が関与しない現状では営利企業の判断が優先され、利用者の立場が軽視されています。人の死を扱う場が、単なる「利益を生む施設」と化してしまったのです。
これら四つの問題が連鎖し、現在の混乱を招いたと言えるでしょう。
「政治と行政の怠慢」はなぜ起きたか
行政は「法的根拠がなければ動けない」という文化を持ちがちです。しかし、法改正や条例の新設など、対策を講じる手段はあったはずです。
では、なぜ動かなかったのでしょうか。 背景には、火葬場の新設や公営化に伴う「政治的リスク」を避けてきた実態があります。
都内では、火葬場の新設計画が持ち上がるたびに、煙や臭気、交通渋滞などを理由とした住民の反対運動が起きてきました。行政からすれば、「民間に任せた方が楽」だったのです。民間が運営すれば施設維持費もかからず、苦情が来ても「都の責任ではない」と説明できます。
そもそも、都も国も、民間火葬場の料金や経営実態を公式に調査してきませんでした。実態を知ろうとせず、制度を変えようとしなかった姿勢が、問題を深刻化させました。
海外では「情報の透明化」で市場を制御
海外では、火葬や葬儀を「公共性を持つ市場」として整備する取り組みが早くから行われています。
- イギリス: 2021年に「葬儀市場命令」を発令。すべての事業者に価格表の掲示とウェブ公開を義務づけ、違反者には罰金を科します。導入後、費用上昇は抑制されました。
- アメリカ: 1984年に連邦取引委員会(FTC)が「葬儀ルール」を制定。価格表の交付を義務づけ、不要な抱き合わせ販売を禁止しています。
これらの国に共通するのは、**「政府は価格を決めないが、透明性を守らせる」**という原則です。情報公開こそが、価格高騰の最も効果的な抑止策であることを示しています。
必要なのは「透明な共存」と「責任の明確化」
火葬場の運営は、営利だけでも行政だけでも成り立ちません。必要なのは、透明で公平なルールです。行政は価格を決めるのではなく、利用者が比較・判断できるよう、事業者に情報開示を義務づけるべきです。
また、外国資本の関与についても、重要なのは資本の出所そのものより「経営の透明性」です。国内資本であっても、経営が不透明であれば、それは安全保障上の脆弱性となり得ます。出資比率や経営への関与を明確にし、情報開示と監査を通じて「透明な共存」を実現することが、安定した抑止策となるでしょう。
今回の問題が示す最大の教訓は、**「誰も責任を取らない構造が社会を崩す」**ということに尽きます。
国も都も区も、それぞれの権限の範囲だけで動こうとし、最終的な責任を誰も負わない。この「責任の分散」は、日本の政策決定における構造的な欠陥かもしれません。
火葬場の問題は、その典型例です。誰も責任を持たないから問題が放置され、現場が限界に達して初めて表面化しました。この根本的な課題は、火葬場だけの問題ではないはずです。
静かに訪れる危機に気づき、主体的に動く社会を作っていくために、私たち一人ひとりが、こうした行政や政治のあり方に関心を寄せていくことが今、求められています。
